Moments of Hula O Na Keiki vol.2 | 愛しいカンケイ
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Moments of Hula O Na Keiki vol.2

【2009.11.25 Wednesday 15:12

 11月8日 日曜日

日曜日の朝一番にしたことと言えば、
夜の雨で水かさの増えた渓流を泳いで渡ること。

マウイ島の西側の山、マウナ・カハラヴァイ、
ウエスト・マウンテンと呼ばれることの多いこの山は、
世界有数の降雨量を誇るカウアイ島のワイアレアレの次に
ハワイ州内で雨の多い山岳地域。
マウナ・カハラヴァイに深く刻まれたイアオ渓谷は、
ナー・ヴァイ・エハーというマウイ島の大きな水源です。

そのイアオ渓谷に朝六時半。
カウイの一番上のお兄ちゃんであるBJを先頭に、
私、晴乃ちゃん、ジュンコ・ママ、キモが続きます。

私が後ろに三人隠れることができるほどの巨漢のBJ、
実はレイを作らせればハーラウで一番のレイ・メーカー。
本日は、晴乃ちゃんのレイを作るためのパラパライという葉を
イアオ渓谷にいただきに参ったのであります。


川に入るためカメラはお留守番となったため、
山の写真はないのですけれど、これがパラパライです!


実家が山梨県のワタクシ、渓流釣りが大好きだった祖父に
たっぷり仕込まれておりまして、山や渓流歩きは慣れっこ、
大きな体なのにかなり素早いBJのあとに続きます。

渓流の水かさは雨で増え、かなりの水量でしたが、
いつも泳いでいるあたりを渡ることになったので、
私は流れをみながら、思いっきり泳ぎました。

コンペティションに出場する晴乃ちゃんが流れていっちゃうと
大変なことですから、流れの真ん中に立ちはだかったBJが
晴乃ちゃんをつかんでひっぱります。

その後ろで、ジュンコ・ママが、
「あんたたち、私はこう見えてもアンティ・ケアラと
同じ年なのよ!」とこういうときばかり、年齢を主張。

ようやく川を渡りきり、森の入り口のようなあたりで、
山に入ることを許してもらえるようにオリ(詞)を唱えます。

山は静かに私たちに耳を澄ましています。
山の返事を待っていると、風が背中をそよぎはじめました。
それを合図に、静かに山のなかへ。

晴乃ちゃんのカヒコ(古典的なフラ)の課題曲は、
He mele ‘au‘au no Kahailihauwelo
(へ・メレ・アウアウ・ノ・カハイリハウヴェロ)

この曲は今年メリー・モナークというポリネシア最大の
フラコンペティションのソロ部門で優勝を果たした
ヘノヘア・カーネとオララニ・コアが書いた曲。

ヘノヘアの家族の慣わしである、
イアオ渓谷での産湯のことを書き綴ったもので、
受け継がれていく伝統、世代、家族の繋がりを示す、
とても心の温まる詞です。

この曲を踊るときに身につけるレイはイアオ渓谷の植物を、と
私たちはパラパライを取りに行ったのです。

レイは踊り手の体の一部、
そして、レイはフラの女神であるラカの身体。


頭にのせるレイは、レイ・ポオ
晴乃ちゃんにちょうどよい大きさに仕上げていきます

BJの後ろでは、歩いている途中あまり前が見えないのですが、
数十分渓流沿いに山を登り、かなり渓谷の奥に来たあたりで
ふと前をみると、パラパライが広がっていました。

BJが今度はレイのためにパラパライを取らせてもらうことを
お願いするためのオリを唱えはじめます。

パラパライを根元から左手で摘み、右手へ。
静かに、静かに。

必要な分だけを握りしめる私たちの横で、
BJがティーリーフという葉でホオクプを作っています。
私たちからの山へのお礼です。

今度はそろそろと山を下りはじめました。
決して後ろを振りかえってはいけません。
後ろを気にすることによって、
山に住む精霊が私たちについてきてしまうからです。
山に住む精霊は山が住処、
私たちは私たちの家に戻らなくては。

途中、BJが穴に落ち、私たちの視界から突然消えたときは、
驚いて声もでませんでしたが、
また川を泳ぎ、そのときにパラパライの葉束も洗い、
五人組は無事、もとの川岸へ。


BJとメル、おしどり夫婦です〜!メルもダンサー、カウアイ島出身で、
ジュンコ・ママをサポートするために、日本に行ってくれました!

夜明けの川の水は冷たく、身体はすっかり冷えましたが、
心と身体が清められたようで、気分はすっきり。

アンティ・ケアラの家で、温かい朝ごはんを作って
待っていてくれるカウイのところへ車を走らせます。
カウイはお腹に三人目の赤ちゃんがいるので、
山には入りませんでした。


おしどり夫婦2号 キモとカウイ
カウイはアンティ・ケアラの遺志を引き継いでクム・フラになりました

さて、今日も一日練習です。

**********

11月9日 月曜日

カヒコ(古典的なフラ)の曲の練習がはじまりました。

晴乃ちゃんは、曲をフラ・ノホで踊ります。
フラ・ノホとは、座って踊るフラ。

大昔、座って踊ればいいと聞いて喜んだ私は、
数分後に頭が上がらないほどガックリ落ちこみ、
数十分後には膝と足の甲から血がにじみ、
アンティ・ケアラの家からトボトボと帰り、
家に帰った途端、あまりの体の痛さに
「絶対もうやりたくない!」と怒ったものです。

そんな私にくらべれば、
晴乃ちゃんはなんていい子なんでしょう!


練習風景

膝小僧は肩膝に二人ずつ、そして、
足の甲がかかとのような皮膚になっている人を見かけたら、
その人はフラ・ノホを踊れる人だと思って間違いありません。

フラダンサーといえば、ナイスな体形を思い浮かべる方、
それは素敵な勘違い。
(できれば私も勘違いしていたいのですが)

もし、ナイスな体形だとしたら、それは、
体をしっかり使っていないか、フラをはじめて間もないダンサー、
もしくはナイスな体形を売りにしてお仕事しているダンサーですね。

残念なことに、ワタクシ、何年も前に、
すっきりスリムなストレートのジーンズや
美脚が見せどころのスカートとはお別れとなりました。

さておき、フラ・ノホとは、正座をしているかのように座ったまま、
膝から上は立って踊っているときと同じように踊る、
とても難しい踊りのスタイル。

それに加え、今回、晴乃ちゃんは、
He mele ‘au‘au no Kahailihauweloという曲のなかに
登場する赤ちゃんを視覚的に見せて伝えるために、
小さなイプへケ(瓢箪で作られた楽器)を赤ちゃんに例えて使い、
それを叩いて、謡いながら踊るのです。


左端が晴乃ちゃんの使うイプへケ
真ん中が私ので、右端がジュンコ・ママのもの


通常、カヒコを踊るときは、ダンサーのために、
ホオパアと呼ばれる謡い手がイプへケやパフ
(ココナッツの木をくりぬき、鮫か豚の皮を張ったドラム)
を叩きながら謡うのですが、今回、晴乃ちゃんはその両方を
自分ひとりでするという大きな挑戦に取り組みました。

そして、正式な場所で踊るとき、
踊り手は勝手に踊りだすことはできません。

まずは、踊る前にオリ(詞)を謡います。
オリは、踊る曲と関連のある詞であるときもあれば、
踊り手の出生をあらわす詞であるときもあり、
踊り手や曲と強い結びつきのあるものが選ばれるのです。

オリのあとは、カイといって、
「はじまり」を表現した詞がホオパアによって謡われ、
ダンサーは詞の内容と同じように「はじまり」を踊ります。

ハワイの人々にとって、「はじまり」とは日の出。
東から昇る太陽のことを表現した詞によって、
ホオパアとダンサーは踊りのはじまりを人々に告げ、
ホオパアによって謡われるカイを踊りながら、
ダンサーは踊るべき場所に導かれていくのです。

「はじまり」があれば、「終わり」もあります。

ホイと呼ばれる「終わり」は、カイと同様にホオパアによって
西に沈む太陽が謡われ、ダンサーは踊りながら退いていきます。

アンティ・ケアラは子どもたちによくこう言いました。

「勝手に来て、自分のしたいことだけをして、
知らん顔して去っていく人は、ハワイアンではありません」

そして、アイナのほうを向いて、
「日本人でもありません」と付け加えていました。

1970年代から日本とハワイを行き来していたアンティは、
日本のこともよく知っていたのです。

アンティ・ケアラは、カイとホイの意味を
深く私たちに遺していきました。

「はじまり」があり、「終わり」があること。



それを今こそ、太陽とともに意識していかないといけないのは、
私たち自身なのだと思わざるを得ません。

ダンサーとして、ホオパアとして、
体や声で体感し、身に刻むことができるのは、
幸運なことです。

晴乃ちゃん、あと三日だよ! がんばれ!

author : jingujiai
| HULA to live | comments(4) |

この記事に関するコメント
あいちゃん、ご無沙汰してます。
夏にカメハメハスクールでおあいした以来。お元気そうで何よりです。
na pua likoファンのわたくし、はるのちゃんのコンペの様子をまだかな、まだかな〜と短い首をうう〜〜んとのばしてお待ちしておりましたのです。。。。。願いが叶いました。ありがとう。
この先、はるのちゃんの身に何がおきるのか、どきがむねむねします〜。
| akemi | 2009/11/26 11:55 PM |
愛さん、こんにちは!

アンティ・ケアラの言葉
「勝手に来て、自分のしたいことだけをして、
知らん顔して去っていく人は、ハワイアンではありません」
心に響きました。
今、それが当たり前になっている気がするんです。
自分がなにしようと、私の勝手・・って。
周りをきにしない。
いいわけばかり、上手になって、周りの人や自然や環境が、自分とつながりがあるのを忘れています。

私は言葉や意味、自然、人をとても大切にしているハワイの人たちの生き方が大好きだけれど、東京でも同じように心がけることができると信じてます。
できるだけ、繋がりを大切にしたいな・・と思っている次第です。

そう、それから私も山梨出身なんですよー!
生まれたのは神奈川ですが、育ったのは白根町なんです!!
ちょっと嬉しい♪
| チカ | 2009/11/27 11:50 PM |
ご無沙汰していまーす!
晴乃ちゃんのがんばり、まだまだ続きますよ〜
ジュンコ先生も大奮闘です。
コンペ直前の練習は本当に厳しいものなのは、
あけみさんもご存知と思います、ふっふっふ。
レポート、また続きますので、読んでくださいね!
| 愛→あけみさん | 2009/11/28 1:08 PM |
日本とハワイが似ているところは、言葉や意味、自然、人を大切にしてるところだと私は思っています。日本の人がハワイを大好きになるのは、それだからかもしれないですよ。

日本は、それが失われつつあると祖父母がいつも嘆いていましたが、アンティ・ケアラも同じように、ハワイは変わってきてしまっている、このままではハワイの文化が失われてしまう、失いたくない、と願って自分の姪、甥、そしてハーナイしたダンサーたちに、フラを中心とするハワイの文化を教えることをはじめたんです。それが1990年にはじまったカノエアウ・ダンス・アカデミーなんですよ。

チカさんがこうしたいと思っていることは、必ずできると信じてくださいね! 私もがんばりますから!

それと、私は山梨県生まれで、育ちが神奈川/愛媛なんです。山梨だと、甲府、鰍沢、清里、あたりが馴染みの場所です。甲府は武田神社の真ん前だったんですよ。白根は友人が住んでました!遊びにいったことがありますけど、冬、本当に寒いですよね。

ではまた〜。
| 愛→チカさん | 2009/11/28 1:42 PM |
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神宮寺 愛
writer & coordinator
(J.U.One Corporation)
'ōlapa(Pā'ū O Hi'iaka)
@ Maui, Hawaii