SWEET memories | 愛しいカンケイ
マウイ島より愛をこめて

【2010.01.01 Friday 07:25

 瞼でシャッターを押せたら、写真が撮れたら、
どんなにいいだろう、と思うことってありませんか?


光をとらえることができるのはカメラだけかも?

生意気ざかりだった20代の前半のころは、
自分の目がカメラだと言わんばかりに、
カメラを持たずに旅に出ていましたが、今考えると、
あのときの写真があったらな、と思うことが結構あります。

なんと言っても、働いた分のお金を
全部旅行につぎ込んでいましたから、
パスポートのページが足りないくらいでした。

もちろん、すべての旅で、
カメラを持ち歩くことができたわけではなく、
仕事のときは、カメラマンの方が一緒だったりするし、
カメラを持ち歩くことを避けたほうがいい場所を旅したことも
多かったのですが。

マウイに引っ越してきてからでしょうか、
小さな撮影の仕事がやってくるようになり、いままでのように
原稿を書くだけでなく、撮影もしなくてはならなくなり、
友人のカメラマンの応援もあって、
カメラを持つことが多くなりました。

なるべく小さなカメラを、シャッター音のしないカメラを、
そしてフラッシュなしで撮るのが好きな私です。


アイナがいない静かな時間を堪能?

こんなに自然な笑顔の子どもが撮れるのはすごいとか、
光を上手に使って撮っているねとか、
編集者の方は言ってくださるのですが、
私が仕事として撮れる写真は、その程度のこと。

お母さんだから子どもの写真を撮るのは慣れていて、
古いデジカメと私のつたない技術からくるボケ具合と、
もともと素敵なハワイの太陽の光が、
上手な照明になっているだけなのです。


寄せてはひく波は、見飽きることがないですね

大晦日の今日、大掃除と仕事の仕度の合間に、
私は瞼のなかの写真たちを、
できる限り思い出そうとしています。

今年ほど涙を流した一年は、私の人生にはありませんでした。

最愛のハーナイ・ママを年のはじめに亡くし、
その後の記憶は途切れています。
数ヶ月の間、生まれてはじめて、
心と体をバラバラに動かすという時間を過ごし、
人間は必要に迫られると、生きる演技ができることも知りました。

夏に自分の心を取り戻す出会いがあり、
また、私らしい人生に軌道修正ができたことは、
今から考えると、ハーナイ・ママであったアンティ・ケアラからの、
贈り物だったのかもしれません。

愛のない人生なんて、愛らしくないよ、って。

瞼の裏の写真たちが、私の頬をぬらすとき、
そっと胸に手をあてて、絶え間ない鼓動を確認する、
そんな癖ができました。

じんわりと温かくなるその心地よさは、私だけの宝物です。

瞼のなかの写真たちを現像したり、データにおとせないのは、
私たちが、愛すべき「人間」という存在だからかもしれません。

全知全能の神さまが作った、馬鹿で、出来損ないで、
どうしようもないところのある「人間」。
でも、人間のもつ限りのある命は、限りなく輝くんだってことを、
神さまは予想していたのでしょうか、していなかったのでしょうか。

日のいずる国では、もう新しい年がはじまりましたね。
地球の動きを感じる、そんなひとときです。


あけましておめでとうございます!

読者の皆さまが、
健康で、幸せいっぱいの新しい年を迎えることができますよう、
マウイ島より、心からお祈り申し上げます。

Aloha nui loa !

author : jingujiai
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『愛しいカンケイ』のはじまりに

【2009.08.21 Friday 11:02
『愛しいカンケイ』のはじまりに、
みなさんにお話ししておきたいことがあります。
 
私は、今年の1月26日に、最愛の女性をなくしました。
涙は止まることがなく、
息をするのを忘れるほどの悲しみ。
足元に落ちた涙で、自分が歩いていることに気がつき、
横に眠る娘が、夜中に起きては、私の涙をふき、
小さな手で、開いたままの瞼を閉じてくれていました。
 
あの日からの数ヶ月、
そんなあやふやな時間を彷徨っていたと思います
 
Ke’ala Kukona(ケアラ・クコナ)
 
「アンティ・ケアラ」として、
私がいままで書いてきた本や雑誌など、
様々なところに登場し、読者のみなさま、
友人や知人にもお馴染みの存在であった彼女は、
私の最愛の人でした。
 

 
彼女は、私を娘として愛しみ、
フラの踊り手として立派に育てあげてくれた人。
 
母であり、師であった彼女を失ったことから、
すぐに立ち直ることができるほど、
私は強い人間ではありませんが、
当時、目の前には、否が応でも、
しなくてはならないことが溢れていました。
 
生前に彼女が用意した遺言書、
お葬式の準備、媒体取材への対応、
家族同士、弁護士や仕事先との事務的な話し合いなど、
心と体をバラバラに動かさなくてはならないのです。
 
いままで、アンティ・ケアラの顔を見ない日、
声を聞かない日など、一日もなかったというのに、
あの日を境に、すべてが変わってしまいました。
 
「アンティが旅行に行っているって思っていようね」
 
私たちは、そうやってお互いを支えあっていました。
人に忘却という自己防衛本能があると言われるように、
生きるために、本能は普段とは違う働きをするようです。
私は、悲しみに溺れないために、
「もう誰も、何も、愛さない」とばかりに、
自分の心のなかのいくつかの扉を固く閉ざしました。
 
うわの空のまま原稿を書き、体だけを動かして踊る日々。
閉ざした扉にはいくつもの錠をつけ、
次に開けるときのことなど、考えもしませんでした。
 
「時間を無駄にしちゃだめ、深呼吸をして、
心のままに、前を向いて進みなさい」
というアンティの教えは、どこへやら。
 
私は、時間を捨て、息をつめ、心を閉ざして、
歩いているふりをしていたのです。
 
アンティ・ケアラは厳しい人でした。
彼女にとって、フラを教えることは、彼女のすべて。
自分が教えたいと思ったら、手段を選びません。
ぼんやり踊ろうものなら、棒が飛び、
声を十分に出せなければ、家の外に放り出され、
娘や息子や孫である私たちダンサーたちが礼儀を欠けば、
容赦なく、手が飛んでくるといった具合。
 
ハワイの文化を教えることは、人としての理を教えること。
 
彼女は自分の命がなくなる直前まで、
私たちを愛し、教え、踊らせました。
 

 
最後となった土曜日の練習で、彼女は私にこう言いました。
「朝起きて、夜眠るまで、ずっと踊り続けると約束してね」
練習の後、長年関わっているディナーショウの仕事へ行き、
私を、いつものように家まで送りとどけてくれました。
 
「Ai, thank you for dancing today, see you on Monday.」
「Your welcome, I love you Aunty. Good night !」
「Love you too !」


もう二度と、
生きている彼女を見ることはありませんでした。
 
ハワイの人々にとって、
誰からフラを学んでいるかはとても大切なことです。
 
その証拠に、彼らはダンサーに
「フラをどこで学んでいるの?」と聞きません。
「誰のために踊っているの?」と聞きます。
 
「アンティ・ケアラのために」
 
誰のために、何のために踊るのかを見失った私は、
両手と両足をもがれてしまったような気持ちのまま。
そして、季節は夏になっていきました。
 
ところが、六月のある日、娘のサマースクールのために、
ミネアポリスに住む親友の家に滞在していたときのこと。
 
長いつき合いで姉妹のような存在の友、雨ちゃんが、
「お世話になっている人たちに御礼がしたいの。
パーティでフラを踊ってくれるとうれしいな。 
きっと、みんな本当のフラを見たことがないから」
と言うのです。
 
私は彼女に頼まれたことを断ったことはありません。
口からは、条件反射のように、
「踊るよ」という言葉が飛び出していきました。
 
有言実行、言ったからには必ずやらなくては……と
娘と二人で、小さなショウを計画。
アンティ・ケアラが、
この曲を踊っている私を見るのが好きだと言ってくれた曲、
娘はアンティとの練習が辛くて泣いた思い出の曲など、
数曲を選びました。
 
「心がない、想いのないフラは、私たちのフラではない」
 
アンティの教えを反芻しながらも、正直、
教えを守ることができるかどうかはわかりませんでした。
心をこめて、想いをこめて、あの曲を踊ってみよう。
数ヶ月ぶりの、私の自分自身への挑戦だったと思います。
 
Hawai’i calls with a message of aloha
To you sweetheart, wherever you are
Reminding you to dream a while of happy days we knew
And my heart is calling you
 
踊りはじめると、心の奥のほうで、
何かが光ったような、音を聞いたような……。
 
「踊っているときに、
自分だけしかいない世界に入れるのが好き」
アンティ・ケアラはそう言ったことがありました。
 
たくさんの人に見つめられて踊るダンサーは、
踊りを通じて物語を語りながらも、
実は、自分の心のなかの世界にいるのです。
 

 
私は踊りながら、世界で一番大切なものを見つけました。
 
それは、愛しい気持ちで満たされた、
誰のものでもない私の心でした。
 
奥底に隠すこともできない、知らないふりもできない、
愛しいものを、愛しいと想う心。
 
次の日の朝早く、アンティが大好きだった
ピカケの花の強い香りで目を覚ましました。
 
ハワイから遠く離れたミネアポリスの空の下の
どこにピカケが咲くというのでしょうか。
 
飛び起き、涙をふりはらいながら、
ただただもう一度逢いたくて、彼女の姿を探しました。
でも、香りは私の周りを静かに漂っているだけ、
まるで私を強く抱きしめるかのように。
 
Hawai’i calls with a message of aloha
To you sweetheart, wherever you are
Reminding you to dream a while of happy days we knew
And my heart is calling you
 

 
愛しい人へ
 
私は自分の心を取り戻すことができました。
これからまた、書き続け、踊り続けることができるでしょう。
あなたへの感謝をこめて、
とっておきの『愛しいカンケイ』をはじめるために。
 
 
 
"Hawai’i calls" by Harry Owens
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神宮寺 愛
writer & coordinator
(J.U.One Corporation)
'ōlapa(Pā'ū O Hi'iaka)
@ Maui, Hawaii